Robots with a Mind ロボットにも心を
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研究の概要・目的

 科学研究費研究課題「個性を持つロボットの制作による<心と社会>の哲学」は、以下のことを主たる目的として研究活動をおこなっています(平成27年度~平成30年度 [代表者]:柴田正良・金沢大学教育担当理事・副学長)。

 本研究の目的は、複数のロボットに互いに異なる個性を与え、それら同士、またそれらと人間をインタラクションさせることによって、(1)「個性」概念の哲学的・心理学的分析の歴史を踏まえながら、来るべき「ロボットと人間の共生社会」において重要な要素となる「個性」の認知哲学的基盤を解明し、また(2)現在、盛んに開発されつつある人型ロボットの性質と能力を「個性」の観点から評価することによって、人間のパートナーとしてのロボットの今後の開発方向に提言を行い、(3)将来、ロボットが社会に実装された段階での、人間とロボットの「個性をベースにした共生」のあり方を探求するものです。

① 本研究の背景

 日常生活における「個性」という素朴心理学的概念(通俗概念)が捉えているものは、存在論的には、個人の身体的特徴を互いに異ならせている遺伝生物学的な決定と同様に、無数の生物・心理学的な要素の組み合わせによって生み出された「ユニークな多様性」だと思われます。本研究が前提する物理主義的な存在論からすれば、要素的に還元不可能な何かが各々の個性を生み出しているのではありません。しかし、個性がどのようなメカニズムによって生物・心理学的な存在としての人間に生じているのかは、現代科学の水準においてすらまだ未解明の事柄です。むしろ「個性」は、人類の心と社会の進化において必要とされた高階の機能的存在かもしれません。いずれにせよ哲学的には、個性はプラトンやアリストテレスにおいて通俗的な類型分析がなされて以降、エーリッヒ・フロムの社会的性格の類型論や、G.H.ミードの社会的自我形成論といった社会哲学的アプローチはあったものの、現代に至るまで、包括的で有効な「個性の哲学」が提案されたことはありませんでした。その最大の理由は時代背景にあります。すなわち、現代に至って初めて、製品や機械や細胞や情報といった様々なレベルでの<複製>が社会に氾濫し、個体の唯一性(ユニーク性)という観念が揺るぎ始めた結果、人々は、すでに暗黙的に受け入れつつあった「差し替え可能な個体」という観念を、新たな「個性」概念として、つまり「個体と社会をつなぐ個性」という概念として必要とするようになったのです。したがって、この新たな「個性」概念を時代に即した形で構築するには、乏しいとはいえ優れた哲学史上の業績から最大限の知見を得るとともに、クレッチマーやユングらの「類型論」、及びオールポートやギルフォードらの「特性論」以降の最新の心理学研究の成果を取り入れることが不可欠になります。

 したがって、本研究は、(1)哲学的には、(1-a)文献調査と概念分析によって「個性」概念の構築作業を行い、(1-b)その結果に基づいて「個性に関する独自の認知哲学テーゼ群」を提起し、(1-c)そのテーゼ群を共同注意に関する予備実験を通して検証し、さらに、それに基づいて「個性を実現する認知行動プログラム」を開発する、といういわゆる実験哲学的な展開となります。

 しかし同時に、(2)本研究は、次の本格実験段階において複数のロボットに異なる個性を与え、それら同士、あるいはそれらと人間をゲーム状況おいてインタラクションさせることによって、被験者の行動上の変化やロボットに対する印象の変化をデータとして蓄積し、それを用いて「さらに人間に近い個性」をロボットに与える、という点では、ロボット工学的な側面も持ちます。さらにこの結果を基に、今後のパートナー型ロボットの開発に関して「クラウド型」ではない方向の可能性を提言する予定ですが、この点では、HAI(Human-Agent Interaction)などの学会における幾つかの成果が、本研究に多くの示唆を与えてくれるものと考えています。

 最後に、本研究は、(3)こうして得られた知見をもとに、「人間とロボットの共生社会」における<個性をベースとした共生のあり方>を探究します。これが本研究において、最も思弁的・形而上学的な部分です。ここには、エンハンスメントや人間のサイボーグ化、再生医療や遺伝学的技術の人体への適用といった、今後の社会環境における人類のアイデンティティの問題があります。

 個性をもつロボットとの共生は、ロボットを人間のパートナーとして受け入れ、ロボットとある種の共同体、最終的には倫理共同体を形成することを意味するでしょう。その際、最も重要なことの一つは、「共生の作法」とも言うべき対他関係において「個性」が「本来の意味での人格の役割」を果たすであろうということであり、本研究は、その役割が共同体の倫理的次元において出現する「豊かな人格」としての「個性」からいかに構成されるのかを探究する予定です。

 本研究における以上の目的設定は、申請者が代表者として平成16年度から継続してきた、ロボット制作と哲学の分野融合的な、以下の3つの連続する科研費研究を発展拡充させた結果です。

  1. 「意識と感情をもつ認知システムについての哲学的研究」(基盤(B)H16-18)
  2. 「認知ロボティクスの哲学」(基盤(B)H19-22)
  3. 「意図的主体性のロボット的構築に向けて」(基盤(B)h33-26)

とくに本研究は、2番目と3番目の研究において制作した「共同注意を行うロボット」の<意図性>、及びその<意図性>を人間に実感させるロボットの<抵抗性>を、ロボットが人間の真のパートナーとなるための<個性>として実現することを目指しています。(「抵抗性」に関する研究発表が、2013年のHAIにおいて「優秀賞」を受賞しました)。これは、最近の人型ロボットがインターネット情報の集積度と更新性の強化よって人間のパートナーたらんとする、いわゆる「クラウド型」であるのに対し、ロボットの内部の認知行動メカニズムにおいてそのパートナーシップを実現しようとする点で、これまでの申請者らの科研費研究の必然的展開となっています。

② 本研究の特色と意義

 本研究の学術的な特色は、第一に、哲学主導型でロボット工学や複雑系科学や神経心理学などの領域と分野融合型の研究を行い、実際のロボット制作を研究過程で実現し、なおかつその成果を生かして、未来社会における人間とロボットの<共生の哲学>を構想する点にあります。また第二に、従来、理論的な哲学の伝統において「パーソナル・アイデンティティ」すなわち<個性>が、おもに人格の通時的同一性をめぐるパズルとして極めて抽象的かつ無個性的なものとして扱われてきたのに対して、本研究は、応用倫理学や価値論との関連で社会的に意味ある存在としての「個性」概念を再構築し、人類の「心と社会の進化」において「個性存在」の適応的な機能の解明を目指している点にも、従来の「心の哲学」にはない意義があります。

 さらに本研究の独創的な点は、具体的な実験環境を整備するに当たって、市販の人型ロボットを複数台利用し(現時点ではソフト・バンク社製ペッパー Pepperを予定)、対ロボット、対人間のインタラクションにおいて要求されるロボットの身体動作機能の新規開発を、極力、回避する点にあります。これは退行的な戦略ではありません。インタラクションの本質は内部の認知行動メカニズムにありとする本研究の基本的スタンスによるものであり、人型ロボットのプログラムを入れ替えることで一層リアルな個性とインタラクションを実現することをもって、クラウド型ロボットに対する批判的観点を堅固なものとする狙いです。本研究の予想される結果としては、新たな個性概念のコミュニケーション上の効果が実証され、それが最新のパートナー型ロボットの開発に実りある方向性を与えることであり、その社会的意義は極めて大きいと言えます。

③ 研究計画の概要

 本研究は、4年計画であり、その期間内に成果を確実なものとするために、研究の行程を5グループに分けて同時並行的に推進するとともに、研究の重点を順次グループごとに移動させます。すなわち時間的展開としては、(ⅰ)個性概念の分析・再構築、及び(ⅱ)「個性」の認知行動プログラムの開発・実装をH27年度からの2年間で行い、(ⅲ)H28年度からの2年間でそれらの検証をインタラクション実験で行い、H29年度から最終年度までの2年間で、(ⅳ)個性ロボットの総括及びロボット開発への提言、さらに(ⅴ)その成果に基づき、ロボットとの共生社会における対他関係での「個性」の概念的機能を検討する。以上の分担と集中によって、年度ごとに国内外で学会・論文発表を行い、最終年度後に書籍(論文集)の形で最終成果を公開する予定です。

 まず、5つのグループの主要メンバーを以下のように構成します。なお、研究協力者として、南山大学・人文学部・服部裕幸・特任教授に加わって頂きます。

(i)
久保田・柏端・大平・服部
(ii)
金野・橋本・長滝
(iii)
大平・金野・長滝・久保田・三浦
(iv)
橋本・三浦・柏端
(v)
柴田・柏端・三浦・服部

各グループの年次進行と各年次における主要課題は、以下に示すとおりである。



 文献研究による個性概念の分析と、それに基づく新たな個性概念の構築はグループ(ⅰ)が主に担当しますが、もちろん分析結果の共有と議論の総括には全員が参加します。哲学史および心理学史における「個性概念」研究を集中的に洗い出し、その中から本研究にとって有益なアイデアを抽出する予定です。その成果に基づいて、本研究で用いる新たな「個性概念」を提示するため、「基礎的な認知哲学テーゼ群」をできるだけ早急に確定すします。

 他方、グループ(ⅱ)、(ⅲ)は、文献研究とは別に、平成26年度までの科研費で行っていた「共同注意状況」におけるロボットと人間とのインタラクション実験(北陸先端大で実施)を継続し、その結果を新たな「個性概念」構築に利用します。今後、本格的なインタラクション実験用の人型ロボット(ソフト・バンク社製Pepperを予定)を3台購入・使用し、本格実験のための環境整備とロボット制御の準備作業も行います。本格実験までは、人型ロボットへの個性型「認知行動プログラム」を搭載することはできませんが、初期段階では、ロボット制御の一環として、先の科研費で開発した「共同注意を行う単純反応型プログラム」、及びその発展形である「記憶駆動型」、「情動駆動型」のプログラムを実装させ、行動や表現にかなりの自由度があるこの人型ロボットによって、「共同注意状況」における個性的な意図の実現がどれくらい被験者に伝わるのかを実験する予定です。

また、4年間の作業全体の概念図は以下の通りです。